ヨーロッパを拠点に、約11年間主宰した自身のグループを2002年に解散し、和太鼓奏者のソリストに転向して間もない頃、ある雑誌のインタビューを受け、「これからは、和と洋が混ざった音楽、とりわけオーケストラと共演してみたい。」と記者に語ったことがあります。和太鼓奏者になる前は、「大阪シンフォニカー交響楽団」の正団員でしたので、このインタビューの時は、「そんな事もできればいいな。」という希望を述べたに過ぎませんでした。
しかし、それから国内外8団体のオーケストラと共演し、とりわけ「関西フィルハーモニー管弦楽団」「京都市交響楽団」との共演がここ三田市で実現したことは、関係者各位に感謝申し上げたいと思います。2007年7月1日には、三田市総合文化センター「郷の音ホール」が落成し、音楽アドバイザーに作曲家の三枝成彰氏が就任されました。兵庫県出身の氏との出会いは、2000年に三枝氏・作曲『太鼓について〈太鼓協奏曲〉』を「東京芸術劇場」で世界初演したことに始まります。
その後、「ベルリン・フィルハーモニーホール」をはじめ、ドイツ国内数ヶ所やキューバのハバナでも公演し好評を博しましたが、「郷の音ホール」こけら落とし公演で、再びこの曲を演奏できたことは、私にとって心に残る舞台となりました。さて、私の自宅横には清流があり、美しいコバルトブルーのカワセミが時折り姿を見せたり、毎年6月になるとゲンジボタルが飛び交うなど、自然の豊かさや四季の移り変わりを楽しめる場所ですが、車で10分も走れば、街が広がっています。そんな人と自然が一体となれるところに魅力を感じつつ、日々生活しています。三田市が、今後ますます発展していくことを、市民の一人として願っています。
時勝矢 一路